16年第1回定例会での一般質問

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住民自治の実現をめざして

<質問全体の構成は>

住民自治をの実現をめざして
 ◆区長の召集挨拶での「自治の確立」、「地方主権」とは何を意味するのか
 ◆住民自治の実現に向けて
  ▼現在までの到達点と今後の課題は何か
  ▼今後の具体策は何か
  ▼今後の具体策としての提案
   ▽政策情報の公開について
   ▽自治基本条例の策定について

 

区長の召集挨拶での「自治の確立」、「地方主権」とは何を意味するのか
住民自治の実現に向けて
 ▼現在までの到達点と今後の課題は何か
 ▼今後の具体策は何か

 平成16年第1回定例会にあたり公明党議員団の一員として一般質問をさせていただきます。
 質問の目的は「住民自治」をいかに実現していくかについて、その方法を少しでも明らかにすることができればと、行うものです。

 最初に憲法に保障された地方自治、つまり憲法92条で謳われた「地方自治の本旨」について触れておきたいと思います。この「地方自治の本旨」とは一般に「団体自治」と「住民自治」の実現にあるとされています。「団体自治」とは国や都道府県との関係における自治体の自主・自立であり、「住民自治」とはその団体の仕事を地域の住民が自らの意思と責任において行っていくこととされています。つまり憲法に謳われた地方自治の保障とはこの二つの自治の確立・実現を意味することとなります。
また、地方自治法についても確認しておく必要があります。この法律は国家行政組織法や裁判所法とともに憲法と同じ日(昭和22年5月3日)に施行されました。それゆえその内容の重要さも含めて憲法付属法典とも呼ばれています。しかし、先ほどの憲法に謳われた地方自治の理念を十分に取り入れることはできませんでした。例えば74条で「機関委任事務は『国の事務』とされていたので住民がこの事務の執行について新しい提案を行うことは許されておらず、14条では、議会もまたこの機関委任事務について独自の条例を定めることはできないとされました。また、条文構成は、最初に自治体の種類があり、ついで自治体が行う仕事、区域や名称、合併に関する規定が続き、ようやく第10条で「住民」が登場します。つまり団体自治を行う器に関する規定が先で住民自治の主体である住民がその後に位置づけられるという構成になっています。しかも「住民」に対する規定も、その内容は「その属する普通地方公共団体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担に分任(負担を分担)する義務を負う」(10条2項)ときわめて消極的な内容になっています。

 このように地方分権前の地方自治法は自治体が住民の信託にいかに応えるかという責務を謳うことよりも国の施策の実施部隊として多くの役割を果たすことを求めた内容になっていました。
 明治以来続いてきた官治・集権体制のいきづまりはもう10年以上に及び、この間「自治・分権」へ向けての改革のうねりは日増しに高まってきています。この「官治・集権」から「自治・分権」への改革とは私は「地方自治の本旨」の実現、つまり団体自治と住民自治の確立を意味すると思います。区長はそのことを招集挨拶の中で、「中央集権の『レディメード』から地域の特性を生かした「オーダーメード」へ」また、「自治の確立をめざすための『地方主権』の取組み」と表現されたと思います。

 さて、このような団体自治と住民自治の確立に向けた改革へのうねりの中、平成12年には地方分権改革が行われました。その最大の特徴は国と自治体との事務配分を見直し機関委任事務を廃止したこと。また「通達」も廃止されたことです。これらは国と自治体の関係において、今までの上下の関係から対等・平等の関係とし、自治体の自主・自立を図ったものでこれはまさに団体自治の確立に向けての改革が大きく行われたものです。もう一方の住民自治の確立という点は、どういうわけか手付かずとなりました。住民の参加や協働、また住民の権利や責務など改めて謳われることはありませんでした。先ほどの地方自治法の条文構成や第10条「住民」の説明のところも変わることはありませんでした。
 このことについては元中央大学教授の辻山氏は、「一括法で地方自治法は制度以来といってよいほどの大幅改正を行った。だがこの改正には分権型社会における自治体運営のあり方を示すような条文の新設はなかった。自己責任をいかに果たすかという制度設計は自治体自身の課題とされたのである。また自治責任の果たし方はそれぞれの自治体と住民との関係の中で選びとっていくべきものだからである」と述べられています。つまり団体自治に関しては制度以来の大幅な改正があったが住民自治に関しては自治体と住民との間で制度設計も責務の果たし方も決めていく必要があり、今後の課題となったと。
 よって「住民自治の実現」につては各自治体とその住民に委ねられたことになります。

 千代田区は平成13年10月基本構想をまとめ議会の議決を経て定めました。その基本方針として
 1.千代田市をめざし新しい自治のあり方を発信する
 2.100万人を活力とする自治たち「千代田」をつくる
とされました。「千代田市をめざす」についての説明はこうなっています。「『市』をめざし、地方自治の基盤であるより一層の自治権拡充をめざします。特に都区制度などの特例的な制度については区民の身近な事務についての主導権の確立と税負担と行政サービスの関係を明確にし、区民サービスを充実させるためさらに基礎的自治体にふさわしい権限の確保に取組みます」と。ここはまさに団体自治の確立を謳ったものです。また説明の後段では「その上で4割自治といわれる現行の地方自治制度を改め、区政の課題は区民自らの意思と責任で主体的に取り組める『真の住民自治』の確立をめざします」となっています。ここはいうまでもなく「住民自治の確立」を謳ったものです。つまり「千代田市をめざす」という基本方針は、千代田区は団体自治と住民自治の確立をめざしますということを全国に宣言したことだと言えます。また、そのためには千代田区の特徴でもあり課題でもある「100万人の活力」があることも基本方針としました。

 また議会としても「千代田市をめざす決議」を賛成多数で行いました。公明党を代表して山田永秀議員が「真の住民自治をめざして」と賛成討論を行いました。行政、議会双方が「千代田市をめざす」としたことは大変大きい意義があると私は理解しています。

 少し前置きが長くなりましたが、質問には欠かせない経過でありましたので述べさせていただきました。
 区長は今回の招集挨拶で政策面と財政面から3年間の主な取組みの成果を、先にも紹介しましたが、「地方主権に向けた自治の確立」という観点から振り返られました。この「地方主権に向けた自治の確立」とは私は、「千代田市をめざす」ということとイコールと理解していますがそれでいいのでしょうか。まずはこの区長の言われる「地方主権」、「自治の確立」の意味するところを改めてお伺いします。
さて先ほど述べました自治体と住民に委ねられたとされる「住民自治の確立・実現に向けて」千代田区ではどのように取り組んできたのかということになりますが、具体的施策としては、
 ・ふらっと区長室を始め
 ・各種計画書や予算の概要書などわかりやすく読みやすいものとしたこと
 ・バランスシートや全事業のコスト一覧表などの作成
 ・職員の出前講座の実施
 ・NPOなどからの政策提案制度の創設
 ・区民の目線からサービスを評価する行政評価制度の実施
 ・そしてより住民に近い事業部が予算を編成する方式の採用
 など積極的に進めてきたことなどがあげられると思います。これら一連の取組みは評価できることと思います。
 そこで改めて住民自治の実現に向けて、現在までの到達点と今後の課題は何か。そして今後の具体策としては何が必要なのか。合わせてお伺いいたします。

今後の具体策としては、まず政策情報を公開をせよ

 この今後の具体策として、私は2点ほど提案したいと思います。

 一つは情報の提供についてであります。
 情報の共有なくして参加なしと言われますように、情報の提供についてはより一層の工夫が必要だと思います。この点に関して法政大学の松下圭一名誉教授は政策情報の公開が必要だと主張されています。著書「日本の自治・分権」の中で、「今まで自治体の広報として出されているのは政策決定後のお知らせとしての『広報情報』ですが政策決定前の『政策情報』の整理・公開が求められています。自治体の地域ないし政策の全体がわかるような『政策情報』の整理・公開がなされてはじめて市民、職員、首長、議会が同一情報で議論できるようになります。その『政策情報』としては主に三つに分類されますが、
 1.何が課題となるべきなのかという争点情報
 2.そしてこの課題をめぐる統計・地図などの行政情報としての基礎情報
 3.ついでこの課題を解決するのに必要な個別専門の技術情報
 となります」と。
 さらに松下教授は「自治体は変われるか」の本の中で、「今日の課題となっている情報公開は官治という上位下達型回路をたどる広報情報ではなく市民、首長、議会、職員が自ら政策、制度をつくるための政策情報の公開・共有です。自治体計画から個別政策までの政策決定前の公開は議会審議はもちろん、市民参加、職員参加の前提となります。市民自治の基点としてこの政策情報の公開・共有は不可欠となります。広報情報だけでは市民は自治体政策の客体としていちづけられるにとどまり政策情報の公開・共有によってはじめて「考える市民」が「考える職員」とともに登場します」と。
ちょっと引用が長くなりましたが、情報の提供については、何のために、何を公開しなければならないのかが明快であります。私は昨年の第3回定例会一般質問にてこの情報の共有と区民の参加についてはITを利用することが大事で庁内だけでなく地域の情報化についてしっかりとビジョンを持って進めるべきではないかと質問を行いました。あるいは図書館や各出張所にて政策情報が入手できるように工夫できないかと思います。例えば今回予算の原案が議会に示された後ただちにある出張所ではその原案を誰もが見ることができるようにと備え付けられました。区民の方から希望があれば職員が説明もしてくれるそうです。これはひとつの例です。

 真の住民自治実現のための具体策として、この政策情報の公開をどう行っていくのか。ご見解をお伺いいたします。

具体策の2番目として、自治基本条例の策定を提案します

 最後となりますが、提案の二つ目です。それは自治基本条例の策定であります。
 私はこの条例を提案するにあたり、あくまで市民主体に条例のたたき台を作成し現在広く市民に意見を求めている大和市と三鷹市を訪問しました。いずれも条例の策定に意欲的な議員を訪ねお話をお伺いしました。
 大和市の議員はこのように述べられていました。
 「5年前の平成11年にこの条例の策定を本会議質問にて提案したが自治体を取り巻く環境は当時とは覚醒の感がある。やはり平成12年の地方分権改革が大きなきっかけとなったのは間違いない。大和市では市長の呼びかけに公募の市民の方が26名集まってくれた。平成14年の10月から今日まで延べ140回も会合を重ねました。勿論、任意の団体ですから費用弁償も出ません。でも目的を持って自発的に行動し、お互い助け合いながらここまできたと思います。このような基本条例が各自治体でできれば、逆に今の地方自治法はきっと改正されることになるだろう。」と熱く語ってくれました。

 三鷹市の議員は、つい先日のことですが議員研修会に先ほど紹介しました松下教授を招いて基本条例について行ったこと。また基本構想と基本条例の関係について「基本構想はコンテンツであり市民、議会、行政が共有する将来像である。基本条例はそのめざす将来像をどう実現していくにかという枠組法であり、既存の条例の上位に位置するいわば自治体の憲法にあたるので基本構想と両方あった方が望ましい」と。

 三鷹市では基本条例をつくるみたか市民の会の方ともお話できました。その方は、
 「何と言っても、地方分権により自治体は地方政府となったことです。国に憲法があり、国際機関に憲章があるように自治体にも憲法に相当する自治基本条例が必要になったことです」と。

 それぞれ三人の方のお話は大変参考になりました。

 国の個別法令、個別施策については憲法という枠組法があるように自治体でも独自の政策、制度策定をめぐり個別条例、個別施策についての枠組法としての基本条例が必要となること。
また、首長も議会も選挙を通して区民から信託を受けたならその内容を明らかにする必要があること。区民の側からは何を信託したのかを明らかにするものとなること。その信託の内容は、
 首長にとっては行政基本条例であり
 議会にとっては議会基本条例であり
 区民にとっては権利と責務を謳った区民基本条例となり、これら三つを一緒にしたものが自治基本条例  となります。この条例は官治の準則ではなく区民相互に同意された住民自治の準則であること。特に中身としては住民自治のための制度手続きと政策基準が謳われるとされれることなど、大変参考になりました。
 この条例の必要性とその中身について紹介させていただきました。
 繰り返しとなりますが、自治体と住民に委ねられた住民自治の確立のために、このような自治基本条例が必要ではないでしょうか。ご見解をお伺いいたします。

 結びに、ある民間の研究機関が昨年から出している「人間力速報」という社内向けの本を出していますがその一部を引用したいと思います。それは「人間力」とはと、説明されている部分です。今日はここにその本を持ってまいりました。(皆に見えるよう本を掲げる)

 「人間力」とは、人が信念や明確な目的を持って行動することにより他の人々を触発し、さらに周囲に活力を与える力であり、既存の価値体系では評価しがたい創造、建設の力である。
 ・問題をみずから発見し、解決のために強い意志と必要な能力を発揮して行動する。
 ・自分の潜在力に頼り、内より湧きあがったものを信頼して行動する。
 ・生じるリスクを把握し、それに伴う責任を自覚して行動する
 このような特性を持つ「人間力」の中に、停滞した社会に活力を与えるヒントを探るべく人間力速報を発行した。
 と。大変感銘を受けました。これはそっくりそのまま住民自治の定義としてもまったく違和感がありません。むしろ行政や法律で説明している定義よりわかりやすくふさわしいと思います。この研究機関は2年前までは国家や経済の未来予測「日本の潮流」を作っていました。しかしもはや国家や経済の未来を予測しても意味をなさないと現在の「人間力速報」に変えたそうです。むしろ「人間力」のなかにこそ社会に活力を与えると。私もまったく同感であります。
まさに国家から人間へ、です。

 以上、区長ならびに関係理事者の住民自治の実現に向けた前向きな答弁を期待し、私の質問を終わります。

 ありがとうございました。

以下答弁

区長答弁

 大串議員のご質問にお答えいたします。

 ご質問は4点あったと思いますけれども、
 地方主権なり自治の確立とは何かと。
 あるいは住民自治、区民の区政への参画ということだろうと思いますけれども、現在の到達点。
 政策情報の関係、
 あるいは自治基本条例に絡む問題だと思います。

 地方自治は民主主義の学校だという、こういうお話をご存じだろうと思います。すなわち、ヨーロッパは常に地方自治があって、民主主義という社会ができている。地方自治を進めていって、国家の体制が民主主義の体制になったと、そういう歴史的な沿革がございます。しかし、日本はご案内のとおり、初めて終戦後、民主国家として憲法ができ、そして、お話のように自治法ができたという、そういう経過がございますので、十分なる地方自治の持っている歴史的な沿革というのが、必ずしも法体系の中に受け止められていなかったというのが、私は現状ではないかと。ある面では輸入された地方自治であり、輸入された民主主義であったかもわかりません。そういうことを考えますと、今日の地方分権というのは、正に、本来、地方自治という発祥の原点に立ち返った論議がなされるべきだというふうに私は思っております。戦後ずっとつくられた日本の地方自治なり民主主義の仕組みというのは、お話のとおり、国が政策官庁であり、そして、地方が実施官庁であるという、こういう構造でずっと来ました。

 正にその地方分権論議というのは、私は、そうした構造を変えていくという、こういう思いであるし、そうあらなければならないと思います。なぜ、正に地方分権という論議の中で、地方が政策官庁であり、そして実施官庁でなければならないかということかと申しますと、直接、一番国民の生活実態を知って、そして、そうした行政サービスができるのは、基礎的自治体であります。それゆえに、その地方が正に政策を出し、そして実践をしていくという、そういう構造に変えていかなければいけないというのが、私は今回の地方分権という、そうした中身であり、意味であるというふうに理解をしております。そのためには、それぞれ地方が、ある面では地方の実態に合わせて政策を出し、そして、地方がそうしたものを競い合う。それは小さな動きであるかもわかりませんけれども、それが必ずや国のありようを変えていくというふうに私は思っているところでございます。もちろんこうした中では、財源だとか権限というのは、もう何回もお話ししているとおり、国が財布を握っているという状況を変えていかなければいけない。権限を国が余りにも持ち過ぎているということを変えていかなければいけないと、こういうことも、これは
重要なことでございますけれども、私が思っているのは、むしろこの地方分権というものの中身をつくっていくのは、地方公共団体の正に主体的な行動と動きそのものが、地方分権という中身をつくっていくという意味で、地方主権ということを申し上げたわけでございます。

 なぜこういうことを申し上げますかというと、これは私の長い役職の経験から申しまして、国は必ず、国のスタンスというのはどういうスタンスかといいますと、法律をある省庁がつくっても、他の省庁はいかにその法律が自分の省庁に関連あるかということの理屈を立てる、そういう省庁であります。いかに自分のフィールドを広げるかという、そういう形で戦後のいわゆる国の官僚組織は成り立っております。
それに対しまして、地方は逆であります。これは都政においてもそうです。皆様方がご質問をされたときに、どうしても、最近と申しますか、今日のいろいろなご質問というのは、各局の境にまたがる質問が多うございます。そのときに地方自治体は、役人がどういう行動をとるかと、いかに自分のところに関係ないかということで口角泡を飛ばすというのが、地方公共団体のスタイルであり、体質であります。圧倒的に国と違います。
 そういうことを考えますと、なかなか国は権限を放しません。法で書かれて、あるいは法律で地方に渡したとしても、なかなか放さない。これが国の持っている官僚の体質であります。そういうことを考えますと、単に法律を変えたからというだけではなくて、本当に実のある分権という社会をつくっていくためには、繰り返し繰り返し地方公共団体がやはりこの分権という中身をつくり、そして行動していかなければ、真の意味での分権社会はできないということから、地方主権ということを私は申し上げたわけでございます。

 そのことを考えますと、正に就任当初、市を目指すというのは、こうした地方主権というものと軌を一にしているというふうに私は考えておりますし、多くの区議会の議員も、そうしたことについては私と同じ考え方を持っているだろうと思います。と申しますのは、特別区については、一般の市と違うもう1つの制約があることはご案内のとおりでございます。課税権を含めて、事務の処理権限を含めて、基本的な部分は東京都が首根っこを押さえているという、こういう構造があるということを皆様方もご案内だろうと思います。そうしたことを考えたときに、市を目指すということは、やはり東京都は、区に権限・権能を渡すということはなかなかしない。こういう体質を持っております。むしろ区から奪い取るぐらいの行動をとらなければいけないという意味で、市を目指すという、そういう基本構想を出させていただき、議決をいただいたわけでございます。そういう意味では、地方分権というのは、あるいは地方主権というのは、市を目指すということと軌を一にしているというふうに私は思っております。

 とりわけ23区については、地方分権はむしろ、東京都対区の関係をどうやったらもっと区の主体性を持ってくるかということになるだろうと私は思います。ある面では、一般的に地方分権というのは国対地方という関係というふうになっておりますが、特別区については、むしろ都道府県対区市町村との関係での分権ということをこれからますます強めていかなければいけないということだろうと思います。

 次に、住民自治と申しますか、参画というふうに私は考えておりますが、そうした部分については、大串議員がお話しのように、必ずしも十分であるかどうかということについては、ご指摘のとおりだろうと思います。しかし、私なりに、あるいは区役所全体としては、こうした方向で、いろいろな形で取り組んでいるということは、ぜひご理解を賜りたいと思います。
 1つの例を申しますと、生活環境条例につきましては、これは区民がつくった条例だというふうに私は思っております。ご案内のとおり、ふらっと区長室等で圧倒的に区民の方々のご意見というのは、何とかこの千代田区をきれいなまち、歩きたばこを含めて、それを何とか是正してもらいたいというのが、圧倒的なふらっと区長室でのご意見でございました。そうしたことを考えまして、区としては、たたき台をつくり、各ブロックで何回となく、何時間にわたりましてこの条例の議論をやってまいりました。かつ、具体的な規制区域をかけるときにも、ブロック別に大変な論議をして実はこの条例ができております。
 そういう意味では、私は、この条例というのは区民がつくり、参画された条例だというふうに思っております。特に、この生活環境条例を区民の皆様方とご議論をやりましたときに、区民がどういう
ご意見を言ったかというと、役所は常に新しいスキームで、あるいは新しい考え方を出すと、最初はいい。しかし、いつの間にか住民に物事を押しつける。今回の条例もそういうことはないなというのが、最大の区民の区政に対するお話でございました。私の方は、そうしたことを考えまして、この問題については不退転で私はやると。したがいまして、区政の中で、この問題については、職員約3分の1ぐらいを動員をかけて、この区民がつくった条例に本当に魂を入れるごとく行動しているわけでございます。だから、多分、ほかの自治体が同じようなやり方は絶対できません。これは区民の皆さんがつくった条例であ
ります。ある面では、私はこれは本当に住民自治という観点からつくられた条例だろうと思います。

 あるいは、いろいろな情報については、できるだけやはり生のものを出すようにこれからも努力をしてまいりたいし、この3年間、そうした取り組みを私はしてきたというふうに思っております。

 それから、住民基本条例につきましては、お話としては十分わかりますが、私はその前に、一つひとつの区政の事業をいかに参画という、そういう形でやっていくかという、そういうことを積み上げていくということがまず必要だろうと思います。あるいはお話のように、いろいろな政策情報というものをやはりきちっと出していくという、そういう土俵をつくることが、まず、こうした条例をつくる上での前提だろうと私は思います。そういう意味では、まだまだそういう土俵になっているとは私は思いません。一方では、ご案内のとおり、政策会議の部会であります100万人部会でも、この議論はされておりますので、そうしたことを見きわめたいというふうに思います。
 それから、かつ、千代田区の場合の難しさは、何といいましても、4万人と100万人の区民、準区民と申しますか、そういうことを考えますと、こうした仕組みというのがなかなか知恵を出さなければいけない。と申しますのは、あくまでも参画ということを考えたときには、当然、単に要求ということではなくて、負担ということを常に伴わなければいけない。これはお金だけではなくて、やはり自助努力だとか、そういうことも考えていかなければいけない。その場合に、100万という区民がそうしたことに耐えられるのか、耐えられぬかということは、やはりこういう条例をつくるときにきちっと論議をしていかなければいけないというふうに思っておりますので、いろいろな角度からこの問題は検討させていただきたいというふうに思っております。

 以上でございます。

 

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